忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

6/30迷宮探訪(ウ14a つくよみ)のシンドバッド×ジャーファルの新刊サンプルを、以下に入れておきます。
攻略者とさいしょの眷属プチオンリー参加です。
  
 「くちびるに、うた」 p72 600円
 
 長髪ジャーファルが、時を超えて、子シンの初恋の人になっちゃったり、子ジャが若シンに切ない初恋してたりするお話です。ハッピーエンド。
  
※9/30 頒布終了。





0 ぷろろーぐ



 伝説の冒険者が創り上げた南海の楽園、シンドリア王国。
 王国の夜は、賑やかで活気に満ちている。
 格別に治安が良い為に、女子供でも夜間の外出が可能で、祭事も多いし、国営商館などは、一晩中灯りが絶えることが無い。
 絶海の孤島を囲む海は、吸い込まれそうな真の闇。真っ暗な水面に、時折、港の灯台が放つ光がちらちらと閃く。
 大通りは日付を超えるまで街灯が燈され、密集する家々の窓からも温かい光が洩れる。
 国営商館のある一角は、昼のように明るい
 小さな王国は、夢と希望を詰め込んで夜の海を往く、船のよう。
王の寝室の露台からは、それらの全てが見渡せた。
「恋を失うとは、一体、どういうことだろう?」
 呟いたのは、この美しい夜の支配者にして守護者である、国王シンドバッド。
 精悍な美貌の若き王の声が、詩を吟じるように、夜の中に響く。
「共にいることや触れることを拒まれれば、会えなくなれば、それで、恋は失われるのか? 死に絶えるのか? 恋とは、それほどに脆弱なのか?」
 王は、長く艶やかな髪を揺らして天を仰ぎ、白く輝く月を恋しげに見上げた。その手には、蕾の紋様が描かれたランプ。
「俺は、そうは思わない。他者は、恋をひどく痛めつけることができるが、息の根を止めることは出来ない。己で手放さない限り、恋を続けることは出来る」
 王は長い睫毛を伏せて、ゆっくり目を閉じ。
「出来るんだ」
 確信を籠めて、強い声で言い切った。

「俺の初恋はまだ終わっていないよ、可愛い人」 




1 らぷんつぇる



 感じたのは、光と、軽い衝撃。それから、頭から毛布を被ったような感覚。
「うわァァァァーっ! ジャーファルさんの頭髪がああーっ!!」
 髪?
 肩に手をやると、慢性的な寝不足によってパサついたいつもの髪とは違う触り心地がした。シンの髪のしっとりした艶やかさとも異なっていて、ふわふわしている。
そして、随分長い。立った状態で床掃除が出来そうな長さは、尋常ではなかった。
私の髪が、床に着く程に伸びている?
「……えーと、ヤムライハ、コレはどういうことですか?」
「ごめんなさい、ジャーファルさんっ!! 私、ヒゲを伸ばす魔法を試そうとしていたんです。けれど、失敗してしまったようで……」
 説明を要求すると、ヤムライハは、今にも泣き出しそうな顔で、勢いよく頭を下げた。帽子が床に転がり落ちる。私は、思わずため息を一つ。
 怒ってはいない。
 研究中のヤムライハの部屋がどれほど危険かを失念して、うっかり扉を開けた己の迂闊さを後悔しているだけだ。
ヤムライハは、シンドリアに貢献してくれる素晴らしい天才魔導士だが、暴走すると周囲が見えなくなるという悪癖がある。
「そんなに落ち込まないで。思った通りの成果が出なかったのは残念だろうけど、髪を伸ばすなんてすごい魔法じゃないですか」
 帽子を拾い上げて埃を払い、目の前で俯く頭を撫でた。よしよし。いいこいいこ。
妙齢の女性に対して子供扱いだと言われてしまうかもしれないが、ヤムライハは、私にとっては妹のような存在なのだ。
南海の水面に似た色の彼女の髪は、シンの髪や私の髪とはまた違った質感で、細くてさらさらしている。
「ジャーファルさん……」
 ヤムライハがおずおずと顔を上げた。私は、安心させる為に微笑んで、その頭に帽子を被せる。
「君はすごい魔法使いだよ。髪を伸ばすこの魔法だって……コレ、どういう原理なんですか?」
 口に出したことで、この魔法が、常に財政難のシンドリアの新たな財源となる可能性に思い至って、私の声が低くなった。
 我がシンドリアは、思想・宗教・出身地・人種などで人を差別せず、誰もが自由で平等な素晴らしい国であるが、いかんせん、南海の孤島という立地で人口過密状態であるので、外貨はいくらあっても足りない。
 努力はしている。
 官民手を取り合い、試行錯誤を重ねて食品加工技術を磨き、この島特産のパパゴレッヤ・パパゴラス・討ち取った南海生物の商品価値を確立し、輸出ルートを確保した。アバレヤリイカの燻製は、大陸でも話題になっていると聞くし、ドライパパゴレッヤも人気がある。
食品以外でも、国民に対して刺繍やレース編みなどの教室を無償で開き、ギルドと連携して、手工芸品の品質の管理と向上に気を配っている。最近は、パパゴラスの刺繍と、近海で獲れる貝の貝殻を使った染め物が、観光客に人気だ。
他にも、観光事業に力を入れ(シンドバッドの冒険書は、最強のガイドブック)、各国の情勢に目を光らせて関税などの条件を整え、その結果として、現状はかろうじて黒字だが、油断は出来なかった。
 嵐などの天災・アルサーメンの攻撃などの人災には、常に備えておかねばならないし、将来の為にも教育に力を入れたい。何より、我らが親愛なる国王陛下が突然難民を連れ帰ったりもなさるので(そこがシンの美徳ですが)、稼げるチャンスには可能な限り稼いでおきたいのだ。
 故に、この魔法が、世に数多存在する薄毛に悩む人々にも有効ということになれば、政務官としては大変にありがたい。観光の目玉に出来る。
 もし、この魔法が、命令式の難易度が高過ぎる上に魔力消費量が多いとかで、ヤムライハ以外の魔導士には使えない代物だとしても、利益は十分に見込めるだろう。その場合は、ターゲットを王族・貴族・大商人などの富裕層に絞って、一般には宣伝せず、『こっそり育毛出来る』ことをウリにすればよいのだ。
 捕らぬオラミーの皮算用で頬が緩みそうになる私の前で、ついさっきまで泣きだしそうだったヤムライハは、専門家の顔になって思案を始めた。
「この魔法は、毛根細胞に活性化の信号を送り、ルフを注入することで……ヒゲを伸ばす魔法として作りました。けれど、作用範囲と作用量の命令式にミスがあったようで、顔面ではなく頭皮に多大に作用した結果、頭髪がそんなに伸びてしまっています」
「ふむ。髪の量が増えたような気がするのは、どうして?」
 もじゃもじゃと床まで垂れている髪は、相当の量だ。私が普通のやり方で髪を伸ばしたら、この量にはならない気がする。
「それは、普通に時間をかけて伸ばした場合は、自然と、切れ毛や抜け毛が出て量が減るはずですが、この術は頭皮の毛根全てに作用したので、その分、髪が増えました。伸びた髪は全部健康なので、髪質が改善されているはずです」
「なるほど。ということは、この魔法は、火傷した表皮を再生させる治癒魔法とかに、原理が近いのかな?」
 私は魔導士ではないのでルフは視認出来ないが、シンと共に旅をしヤムライハと一緒に生活する中で多くの魔法に触れたし、眷属器を扱うのに役立つこともあるかと魔法理論の基礎の基礎ぐらいは学んでいたので、己の知識と照らし合わせてみた。
 どうやら正解だったらしく、ヤムライハが微笑む。
「さすが、ジャーファルさん! その通りです! ですが、表皮再生魔法と違って、この魔法は、ヒゲの維持の為に活性化信号の持続時間が長くなっています。これは、月の運行と細胞のターンオーバーと連動させることで可能になった全く新しい命令式で……」
「ヤムライハ、話を遮って悪いけど……もしや、この髪、切ってもすぐに伸びてくるのかな?」
 ヤムライハは大変良い子だが、自身が天才で魔法に夢中である為に、一般人の感覚と乖離している部分がある。なので、彼女の説明に少しでも不穏な匂いを感じたら、即座にツッコまなければならない。
「……はい。3日ぐらいは持続します。あっ、でも、長さが半分以下になると持続している活性化信号の命令式が反応してしまいますが、王と同じ長さぐらいにする分には問題がないかと」
 
 こうして、私は、生まれて初めて、慣れぬ長髪で数日過ごす羽目になったのでした。




 歩く度、首を振る度に、肩や背中でふわふわと揺れる髪。
 長い髪の手入れは慣れているが、長い髪を揺らして歩くのは初体験だ。
「……なんて、うっとおしい」
 自分で体験して初めてわかった。南国で長い髪をふさふさと垂らしている状態は、頭から毛織物を羽織っているようなものだ。どうしても熱が籠る。
すなわち、暑い。通気性に優れた布を使っているいつものクーフィーヤならば、日陰を作ってくれるから、着用している方がむしろ涼しいぐらいなのに、垂れた髪は、暑いだけでなく、汗を掻いた項に貼りついて不快だ。
 女性たちはともかく、シンやヒナホホは、この南国で、よく髪を伸ばしていられるな。まぁ、2人とも、髪を結んでいるし、長い髪が似合っているけれど。
 しかし、私のような地味で貧相な顔立ちの男には、長い髪は似合わないのだろうな。
 現在、数日間この姿で過ごさねばならないことを主に報告する為に紫獅塔に向かっている最中だが、通りすがりの文官・武官・女官が、全員、足を止めて目を丸くしてこちらを見つめ、通り過ぎてもまだ後姿をじぃーっと見てきて、十分に離れてから何やらヒソヒソ話をしている。
 歩くだけで床掃除しそうな最初の長さならば異様と思われても仕方が無いが、シンと同じぐらいの長さに切ったのだから、そんなにおかしくはないはずだ。
 なのに、皆のあの反応。余程似合っていないに違いない。けれど、優しい我が国民たちは、「政務官様、長髪は似合いませんね」なんて面と向かって言えないのだろう。
 ……自分の見目が良くないことは自覚しているけど、なんだかなぁ。
 皆の気遣いにより微妙な気持ちになった私は、やっとたどり着いた国王執務室の扉を、控えめにノックした(こちらをガン見してくる警護兵は気づかないふりをする)。
「シン、少しよろしいですか?」
「おう。どうした?」
「ジャーファルさーん! ヤムの具合どうだった?」
 どうやら、珍しく、ピスティが執務室を訪れていたようだ。からかわれるかと思って少し怯んだが、どうせどんなに隠れても明日の朝議では顔を合わせるのだし、と覚悟を決めて、扉を開く。
「ジャーファ……ルゥゥウッ!?」
「ジャジャジャジャーファルさんッ!?」
 ……予想以上に大きなリアクションをありがとう、2人とも。
 ピスティは、大きな目をまんまるにして手に持っていた書類を床に落とし、シンは、机上から身を乗り出して喰い入るようにこちらを見つめてくる。
「ヤムライハは、ヒゲを伸ばす魔法を研究していましたが、偶然巻き込まれた私は、何故か髪が伸びました。持続時間が長い魔法で、数日間は切ってもまた伸びてしまうそうなので、この姿で過ごすことになります。不幸中の幸い、しばらくは他国の使節に会う予定も無いですし、むさ苦しいとは思いますが、我慢してください」
 事務的に報告して頭を下げた。そうすると、伸びた髪がカーテンのように顔の横に垂れ下がる。ええい、この髪、本当に邪魔だ。
「我慢て、おまっ、何言っ……ぷはッ!!」
 不思議なことには耐性があるはずの我が主は、珍しく噛み噛みになった挙句、突然、弾けるように笑いだした。
「ちょっ! ちょっと王様、なんで笑うの!? ジャーファルさん、かわいいじゃん!」
 ピスティが気を遣って無礼な王を諌めようとしてくれたが、スイッチが入ってしまったらしく、王の笑いは止まらない。
 ……イラっとするなぁ。
己の容姿が貧相であることは自覚している。これまで髪を伸ばしたことなど無かったから、見慣れなくて一層おかしい感じがするのだろう。が、この爆笑は、主従の身分差があろうとも、人として失礼ではなかろうか。
「~~ッ! ではっ、私は仕事に戻ります!」
「……すまんすまん。怒るな、ジャーファル。俺が笑ったのは、お前の今の見目がおかしいとかじゃないから」
 退出しようとすると、慌てて立ち上がったシンが、手首を掴んで引き止めて謝罪してくれた。シンの手は好きだ。人慣れない獣そのものだった私が一国の政務官を務める程に社会に溶け込むことが出来たのは、人間という生き物に怯えて逃げ出そうとする幼い私を、この手が、捕まえて、宥めて、撫でてくれたおかげだから。
シンに触れられると、私は弱い。なので、通常なら許したくなるところだったが、……笑うのを必死で堪えた顔で言われても、そんな気持ちになれねぇよ。
 シンは、容姿に恵まれているから、美しくない者の気持ちがわからないのかもしれない。いくら私でも、度を超す程に己の全てを捧げている相手からこういう態度を取られると、些か不愉快だ。
「……気を遣ってくださらなくて、結構ですよ」
「違う! いや、すまん。だから、コレは、お前がどうこうじゃなくて、自分のことがおかしくてだな……」
「もう、王様ったら! それよりジャーファルさん、その髪、そのままにしておくの?」
 私が腹立たしさのままにシンの手を振り払いそうな気配を察したのだろう、落とした書類を拾ったピスティが、割って入ってくれた。
「ええ。これ以上切ると、逆に伸びてしまうそうなので」
「そういう意味じゃなくて、結んだりしないのかな、てこと。暑いでしょ、その髪。私、やってあげるよ!」
「いいですよ。自分でやります」
「ダメだよ! ジャーファルさんいつも、二日酔いでだるだるになってるシャルとか、森で昼寝して頭に葉っぱつけたままのマスルール君とかに、『八人将たる者、国民から見られているのだから、身だしなみには気を使え』て叱ってるじゃない。そんなに長くてボリュームがある髪だし、自分の髪を綺麗に結ぶのは、人の髪を結ぶより難しいよ?」 
 言われて、考える。
 最近は頻度が減ったとはいえ、冒険者時代は毎日シンの髪の手入れをして結んでいたから慣れているつもりだったが、帯なども他者に結んでやる方が簡単なように、己の髪を結ぶとなると勝手が違いそうだ。
 それに、後ろ頭で失敗していても己では確認できず、政務官たる者が見るに堪えない姿になってしまうかもしれない。
 私は、シンや他の八人将のように生まれついての容姿に恵まれていないからこそ、身だしなみだけはちゃんとしていたいと常々思っているので(徹夜続行中でも水浴びぐらいはする)、それはいただけなかった。
「では、お手数ですがお願いします」
「うん! シンドリアのおしゃれ番長ピスティちゃんに任せて!」
 ピスティは、満面の笑みで力強く頷いてくれた(なんでこんなに嬉しそうなんだろう)。
「シン様、それでは失礼します」
 なんだか釈然としないが、用件は済んだ。私は、今度こそ執務室を退出するべく手首を掴むシンの手を外そうとしたが……外れないってどういうことだ?
「シン様?」
「……ジャーファル、今夜、俺の部屋においで」
 低い声で優しく言われて、ぴくっと小さく震えただけで表情は動かさなかった私は、我ながら偉いと思う。
 ピスティの前で、なんてこと言うんだこの男は!
 確かに、私たちは、以前からそういう関係ではある。
 きっかけは、あの酷い戦乱。
多くの命を取り零し道を見失い傷ついたあなたは、立ち上がる為に他者のぬくもりを求めて、結果、1番近くにいた私に手を伸ばし、私はあなたに応えた。
当時の私も、初めて得た『家』を蹂躙されて動揺していたから、あなたのぬくもりに縋りつき……その後も止めるきっかけが無くて、関係はずるずると続いている。
しかし、王が同性の政務官と寝ていると知れ渡って良いことなど何も無いので、この関係は、周囲には秘密だった。
 女官に目撃されぬように、どんなに眠くとも夜明け前に部屋を辞し、夜が明けると、残り香を消し去って政務官として身支度を整えてから、女官より先に王を起こしに行って、乱れた寝台が不自然にならないように、『昨夜、王は娼婦を寝台に引き込んだが、娼婦はもう帰った』なんて嘘を吐き続けた。
 その努力の甲斐あって、この関係は他者に知られていない(マスルールにはバレているかもしれないが)。
 なのに、この男は、数年に及ぶ私の努力を無駄にするようなことを、あっさりと言い放つのだ!
 シンは、家族同然の八人将にはバラしてもいいと思っているのかもしれないが、私は反対だ。秘密とは、小さな穴から決壊していくものだから。
八人将は信じているが、事情を知る者同士の会話が、他者の耳に入ってしまう可能性はある。
 ああ、はり倒してやりたい。だが、勘のいいピスティの前で、おかしな対応をするわけにはいかないだろう。
「今夜のご用は、この間おっしゃっていた次の冒険書の下読みですか? 通常業務を終えてからになりますから、遅くなりますよ?」
私は、苛立ちを抑えて、いかにもそれっぽい嘘を吐く。
「どれだけ遅くなっても構わんから、必ず来てくれ。待っているから」
 人の気も知らず、シンは、太陽みたいに明るく微笑んでいた。





 今日は、星の巡りが悪い日なのかもしれない。予定が狂ってばっかりだ。
 白羊塔の自分の机に戻り巻物を広げてみるが、ピスティが後ろで丁寧に髪を梳いているので、どうにも集中し辛い。
 それに、同じ部屋で作業している部下たちも、私の説明には納得してくれたものの、この長髪が見慣れないから落ち着かないようで、そわそわしている(それでも手は止まっていないが)。
「あの、ピスティ、簡単に括ってもらえたら、それでいいので」
「長さが均一じゃなくて短い髪もあるから、それだと、激しく動くとサイドの髪が乱れちゃうよ? ジャーファルさんは日常では机仕事メインだけど、もし今日南海生物が現れたら、八人将として戦うでしょ? その時、長い髪に慣れてないんだから、乱れたサイドの髪が邪魔で戦いにくかったら、困るじゃない。だから、邪魔にならないように編み込む方がいいと思うんだ。私、おかしなこと言ってるかな?」
「……いえ。正しいのだろうと思います」
 ムラっ気があるので書類仕事の類は苦手だが、ピスティは元々、頭の回転の早い娘だ(そうじゃなかったら、13股なんてこなせなかっただろう)。私は、あっさり敗北を認めることにした。
 そばかすブスな26歳の男の髪を弄って何が楽しいのか疑問だが、好奇心旺盛なピスティは、己の気が済むまで解放してくれないだろう。大人しく従っておく方が、面倒は少ないはずだ。
 諦めた私が巻物を読む作業に戻ると、ヒナホホ殿の姪である私の副官が、おずおずと近寄って来た。
「ピスティ様、どういう形になさるおつもりなのですか?」
「んーとね、前髪は残して、サイドは、右耳からぐるっと逆時計周りに顔周りを編み込み。後ろ頭は上下2段に分けて左から右に緩く編み込みにして、最終的に、右耳上で全部纏めてサイドテールの予定。なので、私はサイドを編み込んでいくから、後ろ頭を手伝ってもらえると、ありがたいんだけど」
「こらピスティ、うちの副官を……」
「是非お手伝いさせてくださいっ! 上司の仕事が円滑に進むようにお手伝いしてこそ、副官ですから!」
 ただでさえ、このイレギュラーで私の仕事が予定通りに進んでいないのに副官まで巻き込むな、と叱ろうとした声は、やけに勢い込んだ副官本人によって遮られた。副官は、いそいそと、己の袖から櫛を取り出す。
「じゃ、髪紐はこれでお願いね」
「了解です!」
 ……何なんだろう、この状況。
 さっぱりわけがわからないながらも、妙にテンションが高い女性陣を説得する気力も出てこないし、これ以上業務を滞らせるわけにもいかないので、私は、再び巻物に目を落とした。
 ピスティの髪はあまり長くないので、何か試したい髪型でもあるのかもしれない。副官は故郷に居た頃には髪を長くしていたらしいから、久しぶりに髪を結いたくなったのかもしれない。
 まぁ、髪を結い終るまでの辛抱だろう。




 
 遅れを取り戻すべく書類に没頭し、一段落ついたところで、私は、やっと、状況に気づいた。
「なんですかコレはっ!?」
 やけに頭がごてごてして重い気がしたので、身だしなみチェック用の小さな手鏡を取り出して確認してみたら、私の頭はすごいことになっていた。
 右耳からぐるりと、頭を巻くように施された2連の編み込みは、紅いリボンも編み込んでいて、髪飾りのよう。残りの髪は、右耳上で一つに纏められ、白百合の造花と紅いリボンで飾り立てられていた。
 昔のシンの髪型が左サイドを編み込んでいたので、男が髪を編むのをおかしいとは思わない。だが、昔のシンの髪型はワイルドでカッコ良かったのに、私のこの髪型は………ファッションセンスのない私でもわかるほどに、フェミニンである。
「じゃーん! どう? ピスティちゃんの自信作! 素朴可愛い系の素材を活かして、清楚な可憐さを強調してみました!」
「ご安心ください!すごく可愛いですよ、ジャーファル様!」
 ……普段は理知的なはずの我が副官よ、地位のある24
歳の男の見た目に必要なのは、清潔感や威厳であって、可憐さではない。絶対に、違う。
 ……指先が、つきんと痛んだ。
「お仕事中失礼します。ジャーファルさん、午前中の報告書ですが、……!?」
 間の悪いこととは、重なるモノである。
 その瞬間、扉を開けて中に入って来たのは、真面目だが堅物なスパルトスだった。彼は、誠実で勤勉な素晴らしい若者だが、故郷を離れても厳格な教義に忠実な為に、己の常識の範囲外の事柄には耐性が低い。
スパルトスは、朝議で顔を合わせてからほんの数時間で、私がここまで様変わりしてしまったという事態を受け止められなかったようだ。目を見開いて硬直してしまう。
「スパちゃんも褒めたげて! ジャーファルさん可愛いでしょ! ねっ、皆、ジャーファルさん可愛いよね!?」
 そわそわとこちらを気にしつつも気にならないふりをしてくれていた出来た部下たちは、しかし、ピスティに話を振られると、堰が切れたように話し始めた。
「はいっ! ジャーファル様、お可愛らしいですよ! 大丈夫、自信を持ってください!」
「文官服はただの制服なのに、今のジャーファル様ですと、エプロンドレスに見えますね。その髪型は、エプロンドレスによくお似合いです」
「ええ、素朴可愛い系の極み! まるで天使です!」
「そうです! マジ守護天使で、いっそ女神です!」
「八人将にして、政務官にして、シンドリアの女神!」
「いやぁ、前々から女装はお似合いになるだろうなとは思っていたんだが、まさかここまでとは……」
「うん。違和感が無いとかいうレベルを遥かに通り越して、普通に、女子としてお可愛らしい」
「華やかな女性は目に楽しいが、適齢期になってくると、家庭的でしみじみした可愛らしさがあるタイプが、気になってくるんだよなぁ。ジャーファル様とか、元から超が付く程良妻賢母なのに、更に着飾れば可愛いとか、今年度のお嫁さんにしたい人ナンバーワンは、決まりましたね!」
「ジャーファル様は、王の美貌を見てお育ちになったし、八人将の方々は皆見目麗しいから、華美な美貌を高く評価なさっているんじゃないかしら。でも、王みたいに遊び慣れた方が最後に選ぶ相手って、良妻賢母な地味可愛い系が多いですよね」
「だよねー♪ だからぁ、王様に見せに行……ジャーファルさんッ!?」

 精神汚染魔法でもかけられたような世迷言の連続に耐え切れなくなった私は、窓から飛び出した!






















2 かわいいひと



 真っ暗な宝物庫は、騒々しい王宮内にあって唯一、静寂を保っている。
 シンドリアは国民の大半が元難民なので、独身の官のほとんどは、王宮内の独身寮に住み込みだ。他国からの食客も、積極的に受け入れている。故に、王宮は人が多く、常に活気に満ちているのだが、そんな騒々しさも、ここまでは届かなかった。
 静かだ。
 混乱した私は、無意識に、誰の視線も届かない静かな場所を求めたらしい。
 気がつくと、暗い宝物庫の中でしゃがみ込んでいた。
 迷宮で得た宝には、普通の金銀財宝以外に、強力な魔法道具も含まれている。
 その為に、宝物庫は厳重な警備が必要となり、分厚い壁には魔法で特殊強化を施し、空調も魔法で窓は無く、金属器か眷属器を認証しないと開かない魔法扉、という鉄壁の防御を誇っていた。
「ピスティだけならともかく、皆して、あんなふうにからかうなんて」
 悪戯なピスティが悪ふざけをするのは、よくあること。
けれど、普段真面目に職務に励んでいる部下たちが、ああも悪乗りして上司をからかってくるとは、予想外だった。
 私は、出自が怪しい・若い(見た目は更に)・実は気が短い、と政務官に相応しくない条件が三連コンボで揃っている為に、就任当初は部下たちともイロイロあったが、今では良い関係を築き上げたつもりだったのだが、勘違いだったのだろうか。
「あんなの……」
 アレは悪意無い冗談で、気にする私がおかしいのかもしれない。
 だが、私は、容姿を貶されるのは平気でも(シャルルカンが言ったらはり倒すことにしているが)、あんなふうにからかわれるのは耐え難い。軽いからかいを地位のあるイイ歳の男が受け流せないのはどうかと我ながら思うが、改善は、今後も難しいだろう。
 「可愛い」と言われるのは、嫌だ。
「……私は、可愛くなんかない」

 ああ、指先がジンジン痛む。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
 

 「どうして」なのかはわからないけど、「いつから」かは覚えている。
 アレは、シンに手を引かれて真っ暗な夜の中から這い出して、2年程経ったある夜のこと。

 大きな街は夜も灯りがうるさくて、胸がざわざわするから、好きじゃない。
「……シン、今日も朝帰りかな?」
 寝台に座って呟いても、返事なんか無かった。だって、もう真夜中なのに、シンが、まだ帰ってこないから。
 大きな街は、宿に風呂があるのが嬉しいけど、シンが毎晩飲み歩いて、朝帰りが多いのが嫌だ。
 前は、こんなんじゃなかった。
 オレとシンの出会いは最悪で、暗殺者とその標的。
いつもと同じに、部屋に忍び込んで馬乗りになって刃を振り上げたら、いつもと違って、反撃されて。負けて。郷の連中に見せしめに殺されるよりは、と自決しようとしたら阻まれ、何故か、一緒に旅をすることになった。
 客観的に考えると、変な出会いで、不思議な経緯だ。
 だけど、あの時、シンは、傲慢な程に強引で、真摯で、オレの目には眩しく見えたし、オレの手を握ったあの手は、強くて温かかったから、仕方が無いと思う。
 シンのあの金色の瞳でまっすぐ見つめられ、強く手を握られ、求められて、手を振り払うことが出来る奴なんて、きっと、いやしない。
 誰もが皆、シンを好きになる。王様も物乞いも、お姫様も娼婦も。ちゃんと話して、触れて、シンがどんなに強くてどんなに優しいのかを知ったら、好きにならずにはいられない。
 だから、ヒナホホも、ドラコーンも、シンの仲間になっる道を選んだ。
 オレは、最初、シン以外の奴と一緒に旅をするのに慣れなかったし、正直に言うと、嫌だった。
だけど、シンが仲間にと望むだけあって、ヒナホホは大らかであったかくて、ドラコーンは賢くて義理堅くて、扱い辛く面倒くさいガキによくしてくれたから、今では、ちゃんと好きになれた。
なので、シンは、安心したんだと思う。
 それまでは、毎晩、野宿でも町の宿でも同じ毛布をわけあってくっついて寝てたのに、町で過ごす夜は、酒場か娼館で羽目を外すようになった。
「シンのバカ……」
 以前のオレが一切れのパンの為に人の命を奪っていたように、人間の根源的な欲とは、どうしようもないモノなのだろう。
オレは、郷で飲んでいた薬のせいか発育が悪く、まだまだ精通が始まる気配も無いが、シンは、世間で言う「やりたい盛り」の若者だ。その上、やたら女にモテて、女の方から近寄ってくる。つまり、据え膳だ。
シンは、決して無理強いなどはしないし、迷宮攻略で貯めた財は女に多少使ったぐらいじゃビクともしない。
 だから、潔癖なお嬢さんのように、不潔だの不実だの詰るつもりは無いが、無いんだが……あいつ、酒癖と女癖、悪過ぎるだろ!
 酔った末での約束を信じてやって来た女たちが鉢合わせたり(もう少しで刀傷沙汰になるとこだった)、酔っぱらって手を出した女の婚約者から決闘を申し込まれたり(もちろんシンが勝ったが後味が悪かった)、酔って領主の妻を口説いて怒った領主に投獄されたり(二日酔いでふらふらのシンを脱獄させるのは大変だった)……
オレはシンの従者だ。主が失態を犯したならば従者は尻拭いをせねばならないし、複数迷宮攻略者シンドバッドの従者という己の生き方に疑問も迷いも無い。
 だが、酒と女でやらかしまくる主に振り回されるのは、腹立つ。普通に、腹が立つ!
「次に顔見たら、絶対説教する! 二日酔いでぺしゃんこになってても、同情して絆されてなんかやらないからな!」

「ジャーファルく~ん、愛しのシンさまのおかえりだぞ~」
 半刻後、上機嫌の酔っ払いが帰って来た。




「あんたはどうしてそうなんだよ!?」
 水を飲ませて、顔と手を拭ってやって、寝間着に着替えさせたら、シンは寝台に潜り込もうとしたが、無理やり引き止めて床に敷かれた絨毯の上に正座させる。
 シンは、美しい。
彫りの深い整った顔立ちに、均整の取れた肉体。よく日に焼けた小麦色の肌に、旅暮らしにあっても艶やかな紫紺の髪。太い眉と金色の瞳は精悍で、意志の強さを伺わせ、なのに口元には甘さを含んでいる。
 毎日見ているオレが、いつまでも見飽きずに、それどころか時々身惚れてしまう程、シンは美しい。
 けど、今はダメだ。ぐずぐずに酔っ払っちまったら、イケメンも台無しだ。
「じゃあふぁるぅ、おれ、ねむい……」 
「ダメだ! 今日という今日は、あんたが反省するまで眠らせねぇからな」
 本当に眠そうなので少し可哀想になってくるが、甘やかしては本人の為にならない。シンは、このままじゃいつか、酒癖か女癖ででかい失敗をやらかすだろう。
例えば、酔っ払って道端で寝ちまって、金属器含めて全部身包み剥がされ、そのせいで眷属器も使えなくなったタイミングで、アルサーメンと戦う羽目になる、みたいなそんなのが(まぁ、そこまで酷いことはなかなか起こらないだろうけど)。
うん、従者としては、そんなことが起こる前に止めないとな。
「今夜は眠らせないなんて、ジャーファルくんは情熱的だな~」
「バカシン! 真面目に聞け!」
「いやいや、あのな、可愛い可愛いジャーファルくんはまだ子供だから、わからないかもしれないが、大人の男は、下半身が別の生き物で……」
「いい加減にしろ、この酔っ払い! せめて女癖だけでも改めろ! モテるからって節操無さ過ぎだろうが!」
 オレは、へらへら笑いながら手首を掴もうとしたシンの手を、パシッと叩き落した。
「なんだよ~、妬いてるのか~?」
「うっせぇ! ヒナホホとドラコーンはもっとちゃんとしてるだろうが! なんで、あんた、そんななんだよ!」
 夜中なのに近所迷惑だ、両隣の部屋で寝てるはずのヒナホホとドラコーンが起きてしまうかも、と思いながらも声を抑えることが出来ない。
だって、腹が立つ。
 シンが、自分を大事にしてくれないから、腹が立つ。
オレは、ヒナホホやドラコーンも好きになったけど、それでもやっぱり、比べ物にならない程、シンが大事だ。
だから、シンの役に立ちたくて、ヒナホホから船や海のことを、ドラコーンから軍略や行儀作法を学んで、シンがくれる小遣い(いらないと言うのに押し付けてくる)で地理や歴史の本を買って読んで、勉強している。薄汚い暗殺者のガキが、もう少しマシな生き物になる為の努力をしているつもりだ。
 シンは誰より幸せになるべき人で、オレは、ずっと傍に居て、その手伝いをしたいんだ。
 だから、こんなふうに、自分を粗末に扱って欲しくない。シンがオレの宝物なんだから、シン自身にも、もっと、大事にして欲しい。
 伝わらない想いがもどかしくて唇を噛んで目を瞑ると、シンが、ぽつりと呟いた。
「……あいつらは、俺とは違うから」
「シン?」
「旅路の今は遠く離れているとはいえ、ヒナホホには嫁さんと子供がいるし、ドラコーンには結婚を約束した女がいる。自分を理解して愛してくれる、特別で大事な運命の相手が、いるんだ。だから、あいつらは、羽目外して遊ぶ気にはなれないんだろう」
 声に羨ましそうな響きがあるのが意外で、顔を上げると、シンは俯いていた。シンは床に正座してオレは立っているので、俯かれると顔が見えない。
 だから、シンが、どんな表情をしているのかわからず、少し不安になった。
「あんたも、そういう相手を作ればいい。あんたさえその気になったら、簡単だろ」
シンは、とにかく、女を惹きつける。シンに口説くつもりがなくとも、場末の娼婦も、酒場の看板娘も、市場で働く未亡人も、素朴な農村の娘も、箱入りお嬢様も、やり手の女領主も、皆、シンに夢中になった。
シンは、いつも、自分に愛を告げた彼女たちを受け入れ、ほんの一時肌を合わせ、そして、あっさりと別れていた。
 シンは別れた女に情を残さなかったが、女の中には、また会えるならいくらでも待つと誓う女もいたし、どんなに危険でも構わないからつれていってと懇願する女もいたのだ。
 だから、シンさえ望むなら、特別な相手を手に入れることは難しくない、と、オレは思うのだが……
「それは難しいな、ジャーファルくん。俺は、運命の相手だと思った初恋の人に、全く相手にされなかったんだ。なのに、まだ、初恋に囚われていて……抜け出せない」
 普段の快活さを拭い去った苦くて弱々しい声で、シンは呟いた。
「嘘っ!? あ、もしかして、すげぇ酔って口説いたのか!?」
「嘘じゃねぇよ。俺は素面だったし、お前と出会う少し前のことだから子供と言われる歳だが、真剣だった。でも、しつこく何度口説いても、ダメだったんだ」
 オレは、すごく驚いた。
 だって、シンに望まれてシンを選ばない人がいるなんて、考えたことも無かったから。
いや、そりゃ、酒場でシンに口説かれて断る女もいたけど、それは、夫や恋人がいたり、未亡人で子供が大事だったり、酔っ払いの誠意が信じられなくて嫌がったり、という相手だったし、シンは、翌朝記憶を失くすほど泥酔していなければ、そもそも、そういう相手に声をかけたりはしなかった。
それに、シンが、自分を拒んだ相手を何度もしつこく口説いたというのも、意外だ。
シンは、『波』がわかると主張するのも頷けるぐらいに、勘がイイ。好意や悪意の有無を敏感に察するし、イケそうな時とそうじゃない時とを嗅ぎ分けていた。だから、イケそうならばしつこく粘り、ダメだと感じると退くことを躊躇わない。
なのに、素面で、読み違えて、しつこく何度も口説いて振られたなんて……それも、運命だと思う程の相手に。
「……どんな、人だったんだ?」
 オレには、相手の想像がつかない。
 シンに運命だと思わせ、なのにすげなく振るなんて、本当に人間の女だったのか? 女神とか、女ジンとか……いや、女ジンならシンを選ぶよな。何せ、現時点において世界でただ一人、複数のジンの主になっている男なんだから。
「可愛い人だった。すごく優しくて、面倒見良くて、世話好きで、けど、厳しい所もあって、怒ると怖い。俺が何も言わなくても気持ちをわかってくれて、慰めて励ましてくれて。賢くて、強くて……とびきり可愛かった」
「あんた、こないだ、『女性は誰も皆可愛い』とか言ってなかったか?」
「ああ。女性は、誰でも皆、必ず良い所があって、可愛らしいとも。だが、俺の中では、あの人が1番可愛い。どれだけ女を抱いてみても、今でも、やっぱり、あの人が俺の運命の相手だと思う」
 やっと顔を上げたシンは、オレの予想に反して、泣きそうに顔を歪めていたりはしなかった。
 むしろ、嬉しそうに、その人のことを思い出すだけで喜びなのだと、語るだけで愛しさが溢れるのだと言わんばかりの顔をしていた。
 振られたくせに、なんだよそれ……。
 なんだろ、驚き過ぎたせいかな、胸の奥がムカムカする。
「……その人は、今、どこに?」
 苦い物食った時みたいな、歪んだ声が出た。けど、シンは気づかなかったみたいで、太陽みたいに明るく笑う。
「それは……いや、わからん。だが、何せ運命の相手だから、最後には俺のものになるさ!」
「はぁあっ!? 振られたんだろ、あんた?」
 思わず、ツッコんだ。だって、変だ。シンが言ってることが、どう考えてもおかしい。
 しかし、オレを仲間にすると決めた時のように、常識を超えた解答を導き出した時こそ、シンの真骨頂だった。
 金色の瞳に力強い光を湛えながら、威風堂々と、自説を展開する。
「俺の直観は正しい。お前だって、最初は、俺から逃げ出そうとしただろ。でも、今じゃ、世界最初の眷属だ。俺たちの間には、ジンが認める程の絆が出来たじゃないか」
「そ、それはっ……あ、あんたが本当にどうしようもねぇから、放っとけないっつーか」
 カッと、顔が熱くなる。
 後から思い返してみると、オレが対応を誤り、この話がシンに丸めこまれるルートに入ったのは、この時だった。
今夜こそ、反省して一筆書くまで説教するつもりだったのに、話を違う方向に転がされ、感情を揺さぶられて、当初の目的を忘れさせられてしまったのだ。
 シンに流される度に毎回反省するのだが、どうにも上手くいかない。警戒しているつもりなのに、気がついたらシンのペースだ。人間だけではなく、ジンという不思議な存在までも魅了して止まないシンは、オレなんかに扱いきれる相手じゃないんだろうな。
「ジャーファルくん、素直に、シンが大好きだから、て言いなさい」
 形勢は完全に逆転し、シンは、ニヤニヤ笑いながら立ち上がって、オレの腕を掴んで引き寄せ、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回した。熱い指が頭皮に触れて、変な声が出そうになる。
「バカっ、止めろ!」
ジタバタ暴れて脛を蹴っ飛ばし、シンの腕の中から逃げ出した。睨みつけながら部屋の隅で身構えると、シンは、さもおかしげにくつくつ笑う。
「ジャーファルくん、可愛いなー」
「!」
 つきん、と指先が痛んだ。シンを守る為の鏢を操る、大事な指先が。
 オレは、可愛くなんかない。
 男だし、そばかすだし、元暗殺者だし、捻くれてて素直じゃないし、口うるさいし、短気ですぐに手が出るんだから、可愛いはずがあるものか。
 今夜のシンは、真面目に話をしていた部分もあるが、結局は酔っ払いだ。酒癖が悪い男だから、この会話を明日まで覚えているかどうかも怪しい。
だから、何を言おうと受け流せばいいってわかってるのに……シンの言葉が胸に突き刺さる。
 運命の相手とやらに向けたとびきりの愛しさを籠めた『可愛い』と、オレに向けられた冗談の『可愛い』との差について、考えずにはいられなかった。
「うっせぇ! 寝ろ、酔っ払い!」
 これ以上軽々しく『可愛い』などと言われたくなくて、足払いを仕掛けて寝台に倒れ込ませ、頭まで毛布を被せて、上から抱き締めてやった。
 シンはしばらくもぞもぞしていたが、何せ酔っ払いなので、中断されていた眠気がぶり返したらしく、すぐに静かになる。
 俺は、同じ毛布の中に入り込む気になれずに、ずるずると滑り下り、絨毯の上で膝を抱えて呟いた。
「……バカシン、オレは、あんたの『運命の人』と違って、可愛くねぇよ」
 その夜は、眠りに落ちるまで、指先がジンジンと痛みを訴え続けた。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


 あれから、私は、容姿を褒める類のからかい文句が嫌いになった。
口にした相手には鉄拳制裁で応じた為、あのようなからかい方をするのは、シンドリア王国政務官に見当違いの媚を売ろうとする輩と、懲りないシンだけになった。
シンは、道端に咲く雑草の花にも、港で寝そべる老猫にも、顔を出す度に大歓迎してくれる孤児院の子供にも、着飾った踊り子にも、全てに愛情を注ぎ、吟遊詩人レベルの口の上手さで、惜しみなく可愛らしさを褒めてくる、それはそれは節操の無い男だ。
なので、現在の私は、シンのこの種の台詞にほぼ意味が無いとわかっていて、「可愛いジャーファルくん、この書類の山もうちょっと減らないかな?」なんて猫撫で声で言われようが、………気にしないようになりたいのに、それでもやはり、毎回、指先は痛んだ。
 私は、そもそもがむさ苦しい男だし、そばかすだし、ファッションには全く興味が無いし、センスも無い。地位相応の威厳は欲しいが、可愛くなりたいわけではない。
 だけど、言われると、苦々しい気持ちになる。
 我ながらおかしなこだわりだと思うが、原因(可愛いと言われること)から結果(指先が痛むこと)を導く式がわからないので、改善の糸口が掴めないのだ。
「なんだかなぁ……」
 宝物庫の暗闇の中でため息を零すと、頭の右側で何かが揺れる気配がした。
 あー、そういえば、髪型をそのままで来てしまったな。
 やっと冷静さが戻ってきて現状に気づいたので、手探りで解こうとしてみる。
「ん~?」
 造花は簡単に取れた。だが、リボンが解けない。
「んん~?」
 しばらく頑張ってみたが、何せ、暗闇の中で手探りの作業だ。解けるどころか、からまってしまう。
 苛立って腕を乱雑に振り回したら、肘が棚に当たった。痛い。
 灯りがあれば、と思った瞬間、真っ暗闇だった宝物庫の奥に、ぽつりと灯りが燈った。
「!」
 即座に立ち上がって身構え、周囲の気配を探る。
 しばらく待ってみたが、何の気配も匂いも音も感じなかった。
ここは、当代一の魔導士たるヤムライハ作の魔法扉以外に出入り口は無く、無理やり壁を破ったりしたら王宮中に警報がなり響く仕掛けが、施してある。アルサーメンやマギのジュダルならば扉の魔法を解けるかもしれないが、その前に、国を守る防御結界に引っ掛かるし、さすがの奴らでも、誰にも気づかれずに防御結界を突破することは不可能だろう。
なので、この灯りは、侵入者が燈したと考えるより、宝物庫に置かれていた迷宮道具が何らかの理由で発動した、と考えるべきだろう。黒坪塔の魔導士たちは、ヤムライハを筆頭に、迷宮道具の解析に勤しんでくれているが、中には、特殊な条件下でないと発動しない物もあり、いまだ解析途中の品も多いのだ。
それが発動したのならば、どこの棚のどの品かを確認して黒坪塔に報告せねば、と考えた私は、出来るだけ音を立てないように、慎重に灯りに近づいた。
近づくと、今回発動したのが、バアルの迷宮で得た品であることがわかって、私は納得した。
2回目以降の迷宮攻略は私が必ずお供したから、宝物の目録に洩れは無い。けれど、初回のバアルの迷宮で得た宝は、私がシンと共に旅をするようになった時点で、既に、シンが旅先で買い求めた品などとごっちゃになっていた(シンは物の管理が大雑把である)。
 なので、酔っぱらっていたせいで買った記憶が無いだけの土産物と、発動の兆候を見せなかった迷宮道具が、区別しきれていない。
それでも、建国直後に魔導士たちが調べようとしてくれたのだが、「発動していない迷宮道具だと思って長い時間をかけて調べて、結局、ただの土産物でした」なんてことが続き、その後研究すべき迷宮道具は次々と増えたので、結果、それらは、『バアルの迷宮道具かもしれない品』として専用の棚を設け、放置されていた。
 灯りは、その棚から洩れている。
 さて、何が発動したのかな?
 ランプだ。
 側面に蕾を彫り込まれたランプが、ぼんやりと光を放っている。
 品を確認した私は、慎重にこの場を離れようとしたのだが……途端、ランプが金色に眩く光り輝き、彫刻の蕾がみるみるうちに花開いて、細い口から真っ白な煙を大量に吐き出した!
「!?」
 何だコレはっ!?
 私は慌てて後ずさったが、一瞬にして、宝物庫は白い煙で満たされる。視界は、白一色。
明らかな異常事態に、私は、必死に出口を目指したのだが、……あれ、宝物庫って、こんなに広かったかな?
 走っても走っても壁にも扉にも辿りつかないし、手を伸ばしても棚に触れることも無いのは、考えるまでもなく異常だった。宝物庫はそれなりに広いが、物で溢れているはずなのに。
音も匂いも無い、真っ白い闇。
ゾッとした私は、思わず叫んでしまった。神を信じない私が、こんな時に呼べる名は一つだ。

「シン!」

「こっちだ!」
 間髪入れずに返事が返ってきて、私は、驚くよりも先に安堵した。きっと、不思議なことに慣れている我が主が、この異常を察知して駆けつけてくれたのだろう、と。
 だから、声がした方向に向かって走って。
 白い煙の中で見つけたおぼろげな人影に、飛び込むように抱きついて。
「シンっ!」
 予想以上に小さく薄い身体つきの人物が、私の勢いを受け止めきれなかった為、一緒に倒れ込んだ。
 え?
 シンは、出会いから現在まで、いつだって、大きくて力強くて、私をしっかり受け止めてくれた。
 なのにどうしたことだ? 私よりも小さい?
「いってぇ~」
「すっ、すみませんっ!」
 慌てて、上に乗っかっていた身体を退けた。急速に煙が薄まり、周囲を視認できるようになる。
夜空には、満月。潮の匂いと波の音。そして、見覚えのある太い眉と、彫りの深い整った顔立ち。しかし、先日いたいけな子供に「おじさん」と呼ばれてショックを受けていたはずなのに、「お兄さん」どころか「坊ちゃん」と呼びかけてやりたくなる姿で……
 ええっ!?
「何なんだ、今の煙? 火事じゃねぇよな?」
 呟きながら身を起こしたのは、確かに、シンだった。我が王、我が主、シンドバッド。
 けれど、その容貌は幼く、身体はまだ育ちきっていなくて、私より背が低い。
「ええぇえッ!!?」
 推定年齢14歳のシンの前で、私は叫んだ。


≪続きは本でどうぞ≫


拍手

PR
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass
Pictgram
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

 

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

 

プロフィール

HN:
水鏡
性別:
非公開
自己紹介:
シンジャでジュダ紅な字書き。
スーパーチートでカリスマなのに人間味あるシンドバッドと、シンドリアの母で狂犬なジャーファルが気になって仕方ありません。若シン子ジャとか、ホント滾る。
ジュダルちゃんと紅玉ちゃんは、可愛くキャッキャウフフしてて欲しいです。
アリモルとシャルヤムは公式だと思っております。

 

バーコード

 

ブログ内検索

 

P R