大変遅くなりましたが、冬新刊の本文見本をUPします。
シンドバッドの冒険者ネタバレで、冒険者子シン×筆頭子ジャな、ハートフル暗殺者ラブコメです。シンドバッドの冒険 第17夜前篇まで読んで妄想しました。シリアスな要素もありますが、ラブコメです。
●p44 400円 自家通販可能
わが道を行くシンドバッドと、グレてる筆頭子ジャの話ですが、部下ヴィッテルと若きヒナホホも出てきます。ツッコミ担当はヒナホホですが、未熟で内気なので、ツッコミきれておりません……がんばれヒナホホ。ハッピーエンドです。タイトルは、……もう他に思いつなかったんです。
以下は、本文見本です。
オレの名は、ジャーファル。
若いながらも一人前の暗殺者で、シャム・ラシュ郷の暗殺教団で筆頭を務めている。
組織は、元は、土着宗教の中で異端と呼ばれた宗派の僧侶たちが、迫害から身を守る為に作った隠れ里だった。
しかし、度重なる凄惨な迫害と過酷な貧困によって、死を安らぎと呼んで肯定する教義が形を変え、他者に死を齎す業を、魂の修練とみなすようになる。やがて、郷は、他所から暗殺の依頼を受けて糊口を凌ぐ組織となった。
今回の依頼主は、パルテビア帝国皇帝。
成功すれば、パルテビア帝国国境山岳部の奥地にある我が教団が、国家の保護を受けられる。
教義は掟と化し、敬虔な信徒は血塗られた暗殺者となり果てたが、長い迫害の歴史を持ち、だからこそ社会からはじき出された者を受け入れて存続してきた組織にとって、国家からの承認は悲願だった。
故に、今回の依頼は、筆頭たるこのオレが出陣する程に力が入っている。
標的の名は、シンドバッド。
まだ14歳ながらも、1万人以上の死者を出した謎の建築物『迷宮』を初めて攻略した男だ。
このシンドバッドは、迷宮から生還しただけあって、生き延びる力が強いというか、異様に、運と勘がいいようだ。
暗殺というのは奇襲が主で、ならば、初撃が何より大事だ。相手に抵抗する隙を与えなければ、仕事が楽になる。
しかし、シンドバッドという男は、音も気配も気づかないくせに、他の何かを感じているのか、昨夜、最初の一撃を避けやがった。イムチャックの娘に首を絞められて目が覚めていたとか、ふざけんなよ。
しかし、相手に気づかれてしまったら、それはもう、暗殺とは呼べなくなる。戦闘だ。
自慢じゃないが、オレは素早く小回りが効いて、鏢の扱いに長けているし、並みの子供とは比較にならない程腕力も体力もある。
けど、シンドバッドって奴は、剣術の技量こそさほどではないが、まだ少年の体格なのに成人男性以上の腕力体力があるし、変な電撃の技(ちょっとカッコいいとか思ってないからな! 思ってないから!)もあるから、苦戦しちまった。
バカでかくてバカ力なイムチャック人の兄妹は、筆頭たるこのオレにかかっちゃ楽勝だったけど、標的を仕留められなかったら意味が無い。
けれど、失敗は成功の母と言う。
オレは、この失敗を活かすべく、1晩考えた。
その結果、電撃の技を出せないように剣と距離がある状態を選んで、初撃で仕留めるのが無理でも傷を負わせて優位に立った所で戦い始める、というのが最善策という結論に達したんだが、……それを踏まえて襲撃しても、さっぱり上手くいかねぇんだな、これが。
偶然と言うにはおかしいぐらいに、何らかの邪魔が入る。
実は、オレは、今朝、イムチャックの朝市で、シンドバッドを尾行してたんだ。
人混みの中から遠距離で狙われたら、昨夜のようなラッキーも尽きるだろうし、人の気配が多過ぎてさすがの勘も効かねぇだろう、と考えた上での行動だ。
だから、人の隙間を縫うように軌道を計算して鏢を投げようとしたその瞬間、……軽食の屋台で突如喧嘩を始めた夫婦が投げたカレリアパイが、奇跡的タイミングで、シンドバッドに集中していたオレの顔にヒットしやがった。
カレリアパイってのは、ライ麦の生地にミルク粥とバターと卵を乗せているこの辺りの郷土料理だ。素朴な味わいでなかなか旨いが、顔にぶつけられるとかなりベタベタした、な。
夫婦からお詫びにとパイを受け取り顔を拭った後、オレは、今度は接近して頸動脈を断ち切ってやろうと、人混みに紛れて密やかに近寄ろうとしたが、……ニシンを山盛りに積んだ荷車の車輪が外れて、零れた大量のニシンの下敷きになったり、した。
ニシンは、この辺りでよく獲れる。生を焼いたり燻製にしたり酢漬けにしたり、といろんな食べ方があるが、生魚だとやっぱり生臭い。
魚臭い暗殺者とかありえねぇから、さっきのパイとこれもまたお詫びと言って押し付けられたニシンを抱えて部下が待つ拠点に戻り、入浴して着替えてから再び市場に向かうと、朝市は終わってシンドバッドは去っていた。
ふざけんな!
夜型生活の暗殺者がわざわざ早起きしたってのに、手に入れたのは、シンドバッドの首じゃなくて、パイとニシンかよ!
後片付けをしている朝市跡地で、オレが地団駄を踏んでいると、鼻の上の方に横一文字の大きな傷があるオレの部下が、声をかけてきた。
「まぁまぁ、筆頭、カリカリしないで。とりあえず、もらったニシンとパイで朝飯にしましょうや」
「うるせぇ! パイは食後のおやつだろうが! オレはパン買ってくるから、お前、ニシン焼いとけ!」
「了解っす! パンはライ麦パンでお願いします!」
焼いたニシンとライ麦パンとパイを腹に収めると、少し気分が落ち着いた。どうやら、空腹のせいで、怒りっぽくなっていたようだ。
食後のホットワインを飲む部下たちの隣でホットレモネードを啜りながら、オレは考える。
朝市での失敗は、大柄なイムチャック人の大雑把さを甘く見て、油断していたせいだろう。
あいつら、でかいから、神経も太いんだ。市場の量り売りも、量り方だいぶ適当だったしな(量りの意味ねぇだろ)。
オレみたいに小柄な生き物(いいんだよ! 暗殺者は小柄な方が使い勝手いいんだからな!)としては、大柄で大雑把な相手には、無駄に巻き込まれないように距離を取ることが最善だ。
うん、朝の計画は間違っていた。標的が1人になった所を狙うべきだったな。それが、暗殺の基本にして真髄だろう。
そうと気づけば、仕事は迅速に。
「オレは行くぞ」
「あ、待って筆頭、この温石忘れずに。後、張り込みの断熱用に、油紙も持って行ってくださいね。お弁当は要りますか?」
「いらん」
「了解っす。あ、余ったニシンどうします?」
「酢漬けにしとけ」
「了解っす。今日のおやつはアップルケーキでいいですか?」
「いや、おやつもいらん。オレは、族長の家に行ってくる」
「了解っす。じゃあ、アップルケーキは晩飯のデザートにしますね」
部下に見送られながら、オレは、シンドバッドが泊っている族長の家を目指す。
首洗って待ってやがれ、シンドバッド!
「なんでだよっ!?」
意気揚々と向かった先に、シンドバッドの姿はなかった。
なんでも、イムチャック人の兄の方が、近隣に新しく出現した迷宮に挑もうと飛び出したので、シンドバッドも追いかけて行ったらしい。
オレは、その経緯を聞いて、腹が立ってくる。
追手の気持ちも考えろよ、シンドバッド! 落ち着きなくほいほい移動してんじゃねぇ!
今回の依頼を受けた当初、オレたちは、毒蜘蛛姫が国軍を引き連れて港からの脱出を阻止すると聞いたので、こちらは陸路、すなわち、ティソン村から街への道や山岳部への道を警戒していた。だから、海に出る準備なんかしてなかったんだよ。
シンドバッドが姫を突破して出港してから、こちらは、慌てて船や通行手形を調達したり、船酔いの酷い者を外してメンバー変更したり、と大忙しだった。
その上、こいつがパルテビア帝国軍の海図にはない島に上陸したりするから、オレたちは、呪い師をつれていても尚、かなり探す羽目になったし。
それで、やっと居場所を特定出来たと思ったら、極北のイムチャックまで行ってやがるし。防寒具の手配とか、大変だったんだぞ。
うちの組織は、元が宗教絡みだった分、組織としてのイメージを大事にしている。だから、防寒が必要でも、毛皮多用してふわもこな外見になるわけにはいかないし、何より、前金をもらっていない状態(パルテビア皇帝はケチだ)で人数分の毛皮を買い揃えるのは無理だしさ。
そういう苦労を重ねて、昨日、やっと、襲撃の準備が整ったんだ。
なのに、また迷宮に行くとか、ホント、シンドバッドって勝手な奴だ!
それでも仕方が無いので、オレは、イライラしながら拠点に帰り、部下に事態を説明する。
「だから、オレは、今から迷宮に行く」
「えっ!? 晩飯どうしますか? いい鮭が手に入ったから、生クリームかけてオーブンで焼こうかと思って、今捌いてる途中です。他に、朝のニシンは酢漬けにしてますし、シチューとかも作ろうかと。あ、約束通り、アップルケーキも焼きますからね。今、ちょうど、他の奴らは買い出しやらで出払っちまってますから、準備しながら皆の帰りを待って、晩飯食って、皆で一緒に行きましょうよ、筆頭」
……この部下は、暗殺術も料理も上手いのだが、暗殺者としては食い意地が張り過ぎている。生まれ故郷で酷い飢餓を経験して、食う為に裏社会に堕ち、流れ流れてうちの組織に来た奴だから、仕方無いのかもしれんが。
「いや、今すぐ出る。そうじゃないと、追いつける気がしない」
「じゃあ、俺も一緒に行きます! ……ああ、でも、鮭が」
「お前は鮭捌いて焼いて、他の奴らと一緒に食ってから、オレを追いかけて来い!」
「筆頭! じゃあ、せめて、昨日焼いたジンジャークッキーを持って……!」
「うるせぇ!」
部下がぐだぐだ言うのを振り切って、オレは駆け出した。
暗殺はガキのままごとじゃねぇんだから、諦めるなんて選択肢は存在しねぇ。殺せない暗殺者など、然るべき場面で捨て駒にされるだけだ。
殺すか、殺されるか。血塗られた暗殺者に、他の道は無い。
だから、オレは、シンドバッドを追って迷宮に行くんだ!
くっくっく、待っていろよ、シンドバッド!
≪中略≫
「……愛、とか、そんなんねぇよ。お前には在っても、オレにはねぇよ」
筆頭は不貞腐れたように呟いたが、この距離なので、黒スグリみたいな瞳に過った痛みを、俺は見逃さなかった。
生意気で口が悪くて乱暴で、おまけに俺の追手というとんでもない子供だが、何か訳があるんだろう。昨夜の話は変だったが、この歳にしてツッコミが的確かつ素早いから、元々は頭いいんじゃないかな。思い込みは激しそうだが。
なんだか、筆頭のことが可愛く思えてきた。俺は、にっこり笑って、そばかすの浮いた鼻の頭をつんと突く。
「今はいなくても、いつかこの先、愛し愛される誰かに出会えるかもしれない。その時に後悔しない為に、今から始めておけよ」
筆頭は、突かれたのが嫌だったらしく、強情な白い犬が餌を前にしてそっぽ向いた時のように、つれなく顔を背ける。
「いつか、なんて、殺すか殺されるかが日常の暗殺者が、そんな先のこと知るか」
「じゃあ、俺がお前を愛する」
「え?」
思わず、するりと口をついて言葉が出て来た。
言ってから、我ながら名案のような気がしてくる。
うん、いい気がする!
筆頭、よく見ると案外可愛いし、こう、手懐けたい系というか、つれないからこそ俺の気持ちを煽るというか。
ティソン村の男たちは、俺が成長するにつれ徴兵されていって、俺がこいつぐらいの歳になると、年寄りを除いて、俺より年上の男は村にいなくなった。
だから、年下の奴らは、俺の事を素直に兄ちゃんと慕ってくれたし、荷運びや護衛や雇われ船頭で知り合った子供も大抵すぐに懐いてくれたから(ヒナホホの弟妹みたいに)、筆頭の反応が新鮮なんだよな~。
この難攻不落な感じが、いいよな。振り向かせてやりたくなる。
「お前を愛する俺が傷つくから、自分を粗末に扱うのは止めてくれ」
可愛いそばかすにちゅっと口づけると、極端に色白な筆頭の顔が真っ赤になった。おお、初心だな。
「な、ななななんだよソレッ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞバカ野郎!」
暴れるのを力づくで羽交い絞めにして、俺は、狭い額にも口づける。
「本気だぞ。証拠が必要なら、雪の下で生き埋めになってたお前を掘り出して、介抱して、こうして抱き締めてる現状が証拠だ。愛在る行いだろ?」
「バカ! うるさい! 黙れ!」
筆頭は、体勢が悪いこともあって、俺の膝の上から逃れられないと悟ったらしい。せめて、これ以上キスをされないように、と俯いて手で顔をガードする。
だが、甘い! こういうスキンシップに慣れていないのが丸わかりで、隙だらけだ!
「俺の愛を信じるって言え。後、名前教えろ。俺のことはシンと呼べ。そうしないと、キスを止めないぞ~」
楽しくなってきた俺は、顔をガードする白い手に、無防備な耳に、音立ててキスをする。
「ふゃっ」
調子に乗って小さな耳をかぷっと噛んだら、筆頭が可愛い奇声を上げた。思わず、耳をガードする筆頭。しかし、それこそが俺の狙いだ!
ちゅっ。
無防備になった小さな唇に、キスをする。といっても、本気なのとは違って、軽い奴。
いや、俺も、村の子には、頬や額はともかく唇にしたことは無いんだが、何か、衝動がこみ上げてきてさ。なんでかわからないが、俺、今、すごく浮かれてる。
「信じるか?」
何が起こったのかわからない、という顔で惚けていた筆頭が、次の瞬間、耳まで赤くなった。
見本は、以上です。
ハートフル暗殺者ラブコメです!
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オレの名は、ジャーファル。
若いながらも一人前の暗殺者で、シャム・ラシュ郷の暗殺教団で筆頭を務めている。
組織は、元は、土着宗教の中で異端と呼ばれた宗派の僧侶たちが、迫害から身を守る為に作った隠れ里だった。
しかし、度重なる凄惨な迫害と過酷な貧困によって、死を安らぎと呼んで肯定する教義が形を変え、他者に死を齎す業を、魂の修練とみなすようになる。やがて、郷は、他所から暗殺の依頼を受けて糊口を凌ぐ組織となった。
今回の依頼主は、パルテビア帝国皇帝。
成功すれば、パルテビア帝国国境山岳部の奥地にある我が教団が、国家の保護を受けられる。
教義は掟と化し、敬虔な信徒は血塗られた暗殺者となり果てたが、長い迫害の歴史を持ち、だからこそ社会からはじき出された者を受け入れて存続してきた組織にとって、国家からの承認は悲願だった。
故に、今回の依頼は、筆頭たるこのオレが出陣する程に力が入っている。
標的の名は、シンドバッド。
まだ14歳ながらも、1万人以上の死者を出した謎の建築物『迷宮』を初めて攻略した男だ。
このシンドバッドは、迷宮から生還しただけあって、生き延びる力が強いというか、異様に、運と勘がいいようだ。
暗殺というのは奇襲が主で、ならば、初撃が何より大事だ。相手に抵抗する隙を与えなければ、仕事が楽になる。
しかし、シンドバッドという男は、音も気配も気づかないくせに、他の何かを感じているのか、昨夜、最初の一撃を避けやがった。イムチャックの娘に首を絞められて目が覚めていたとか、ふざけんなよ。
しかし、相手に気づかれてしまったら、それはもう、暗殺とは呼べなくなる。戦闘だ。
自慢じゃないが、オレは素早く小回りが効いて、鏢の扱いに長けているし、並みの子供とは比較にならない程腕力も体力もある。
けど、シンドバッドって奴は、剣術の技量こそさほどではないが、まだ少年の体格なのに成人男性以上の腕力体力があるし、変な電撃の技(ちょっとカッコいいとか思ってないからな! 思ってないから!)もあるから、苦戦しちまった。
バカでかくてバカ力なイムチャック人の兄妹は、筆頭たるこのオレにかかっちゃ楽勝だったけど、標的を仕留められなかったら意味が無い。
けれど、失敗は成功の母と言う。
オレは、この失敗を活かすべく、1晩考えた。
その結果、電撃の技を出せないように剣と距離がある状態を選んで、初撃で仕留めるのが無理でも傷を負わせて優位に立った所で戦い始める、というのが最善策という結論に達したんだが、……それを踏まえて襲撃しても、さっぱり上手くいかねぇんだな、これが。
偶然と言うにはおかしいぐらいに、何らかの邪魔が入る。
実は、オレは、今朝、イムチャックの朝市で、シンドバッドを尾行してたんだ。
人混みの中から遠距離で狙われたら、昨夜のようなラッキーも尽きるだろうし、人の気配が多過ぎてさすがの勘も効かねぇだろう、と考えた上での行動だ。
だから、人の隙間を縫うように軌道を計算して鏢を投げようとしたその瞬間、……軽食の屋台で突如喧嘩を始めた夫婦が投げたカレリアパイが、奇跡的タイミングで、シンドバッドに集中していたオレの顔にヒットしやがった。
カレリアパイってのは、ライ麦の生地にミルク粥とバターと卵を乗せているこの辺りの郷土料理だ。素朴な味わいでなかなか旨いが、顔にぶつけられるとかなりベタベタした、な。
夫婦からお詫びにとパイを受け取り顔を拭った後、オレは、今度は接近して頸動脈を断ち切ってやろうと、人混みに紛れて密やかに近寄ろうとしたが、……ニシンを山盛りに積んだ荷車の車輪が外れて、零れた大量のニシンの下敷きになったり、した。
ニシンは、この辺りでよく獲れる。生を焼いたり燻製にしたり酢漬けにしたり、といろんな食べ方があるが、生魚だとやっぱり生臭い。
魚臭い暗殺者とかありえねぇから、さっきのパイとこれもまたお詫びと言って押し付けられたニシンを抱えて部下が待つ拠点に戻り、入浴して着替えてから再び市場に向かうと、朝市は終わってシンドバッドは去っていた。
ふざけんな!
夜型生活の暗殺者がわざわざ早起きしたってのに、手に入れたのは、シンドバッドの首じゃなくて、パイとニシンかよ!
後片付けをしている朝市跡地で、オレが地団駄を踏んでいると、鼻の上の方に横一文字の大きな傷があるオレの部下が、声をかけてきた。
「まぁまぁ、筆頭、カリカリしないで。とりあえず、もらったニシンとパイで朝飯にしましょうや」
「うるせぇ! パイは食後のおやつだろうが! オレはパン買ってくるから、お前、ニシン焼いとけ!」
「了解っす! パンはライ麦パンでお願いします!」
焼いたニシンとライ麦パンとパイを腹に収めると、少し気分が落ち着いた。どうやら、空腹のせいで、怒りっぽくなっていたようだ。
食後のホットワインを飲む部下たちの隣でホットレモネードを啜りながら、オレは考える。
朝市での失敗は、大柄なイムチャック人の大雑把さを甘く見て、油断していたせいだろう。
あいつら、でかいから、神経も太いんだ。市場の量り売りも、量り方だいぶ適当だったしな(量りの意味ねぇだろ)。
オレみたいに小柄な生き物(いいんだよ! 暗殺者は小柄な方が使い勝手いいんだからな!)としては、大柄で大雑把な相手には、無駄に巻き込まれないように距離を取ることが最善だ。
うん、朝の計画は間違っていた。標的が1人になった所を狙うべきだったな。それが、暗殺の基本にして真髄だろう。
そうと気づけば、仕事は迅速に。
「オレは行くぞ」
「あ、待って筆頭、この温石忘れずに。後、張り込みの断熱用に、油紙も持って行ってくださいね。お弁当は要りますか?」
「いらん」
「了解っす。あ、余ったニシンどうします?」
「酢漬けにしとけ」
「了解っす。今日のおやつはアップルケーキでいいですか?」
「いや、おやつもいらん。オレは、族長の家に行ってくる」
「了解っす。じゃあ、アップルケーキは晩飯のデザートにしますね」
部下に見送られながら、オレは、シンドバッドが泊っている族長の家を目指す。
首洗って待ってやがれ、シンドバッド!
「なんでだよっ!?」
意気揚々と向かった先に、シンドバッドの姿はなかった。
なんでも、イムチャック人の兄の方が、近隣に新しく出現した迷宮に挑もうと飛び出したので、シンドバッドも追いかけて行ったらしい。
オレは、その経緯を聞いて、腹が立ってくる。
追手の気持ちも考えろよ、シンドバッド! 落ち着きなくほいほい移動してんじゃねぇ!
今回の依頼を受けた当初、オレたちは、毒蜘蛛姫が国軍を引き連れて港からの脱出を阻止すると聞いたので、こちらは陸路、すなわち、ティソン村から街への道や山岳部への道を警戒していた。だから、海に出る準備なんかしてなかったんだよ。
シンドバッドが姫を突破して出港してから、こちらは、慌てて船や通行手形を調達したり、船酔いの酷い者を外してメンバー変更したり、と大忙しだった。
その上、こいつがパルテビア帝国軍の海図にはない島に上陸したりするから、オレたちは、呪い師をつれていても尚、かなり探す羽目になったし。
それで、やっと居場所を特定出来たと思ったら、極北のイムチャックまで行ってやがるし。防寒具の手配とか、大変だったんだぞ。
うちの組織は、元が宗教絡みだった分、組織としてのイメージを大事にしている。だから、防寒が必要でも、毛皮多用してふわもこな外見になるわけにはいかないし、何より、前金をもらっていない状態(パルテビア皇帝はケチだ)で人数分の毛皮を買い揃えるのは無理だしさ。
そういう苦労を重ねて、昨日、やっと、襲撃の準備が整ったんだ。
なのに、また迷宮に行くとか、ホント、シンドバッドって勝手な奴だ!
それでも仕方が無いので、オレは、イライラしながら拠点に帰り、部下に事態を説明する。
「だから、オレは、今から迷宮に行く」
「えっ!? 晩飯どうしますか? いい鮭が手に入ったから、生クリームかけてオーブンで焼こうかと思って、今捌いてる途中です。他に、朝のニシンは酢漬けにしてますし、シチューとかも作ろうかと。あ、約束通り、アップルケーキも焼きますからね。今、ちょうど、他の奴らは買い出しやらで出払っちまってますから、準備しながら皆の帰りを待って、晩飯食って、皆で一緒に行きましょうよ、筆頭」
……この部下は、暗殺術も料理も上手いのだが、暗殺者としては食い意地が張り過ぎている。生まれ故郷で酷い飢餓を経験して、食う為に裏社会に堕ち、流れ流れてうちの組織に来た奴だから、仕方無いのかもしれんが。
「いや、今すぐ出る。そうじゃないと、追いつける気がしない」
「じゃあ、俺も一緒に行きます! ……ああ、でも、鮭が」
「お前は鮭捌いて焼いて、他の奴らと一緒に食ってから、オレを追いかけて来い!」
「筆頭! じゃあ、せめて、昨日焼いたジンジャークッキーを持って……!」
「うるせぇ!」
部下がぐだぐだ言うのを振り切って、オレは駆け出した。
暗殺はガキのままごとじゃねぇんだから、諦めるなんて選択肢は存在しねぇ。殺せない暗殺者など、然るべき場面で捨て駒にされるだけだ。
殺すか、殺されるか。血塗られた暗殺者に、他の道は無い。
だから、オレは、シンドバッドを追って迷宮に行くんだ!
くっくっく、待っていろよ、シンドバッド!
≪中略≫
「……愛、とか、そんなんねぇよ。お前には在っても、オレにはねぇよ」
筆頭は不貞腐れたように呟いたが、この距離なので、黒スグリみたいな瞳に過った痛みを、俺は見逃さなかった。
生意気で口が悪くて乱暴で、おまけに俺の追手というとんでもない子供だが、何か訳があるんだろう。昨夜の話は変だったが、この歳にしてツッコミが的確かつ素早いから、元々は頭いいんじゃないかな。思い込みは激しそうだが。
なんだか、筆頭のことが可愛く思えてきた。俺は、にっこり笑って、そばかすの浮いた鼻の頭をつんと突く。
「今はいなくても、いつかこの先、愛し愛される誰かに出会えるかもしれない。その時に後悔しない為に、今から始めておけよ」
筆頭は、突かれたのが嫌だったらしく、強情な白い犬が餌を前にしてそっぽ向いた時のように、つれなく顔を背ける。
「いつか、なんて、殺すか殺されるかが日常の暗殺者が、そんな先のこと知るか」
「じゃあ、俺がお前を愛する」
「え?」
思わず、するりと口をついて言葉が出て来た。
言ってから、我ながら名案のような気がしてくる。
うん、いい気がする!
筆頭、よく見ると案外可愛いし、こう、手懐けたい系というか、つれないからこそ俺の気持ちを煽るというか。
ティソン村の男たちは、俺が成長するにつれ徴兵されていって、俺がこいつぐらいの歳になると、年寄りを除いて、俺より年上の男は村にいなくなった。
だから、年下の奴らは、俺の事を素直に兄ちゃんと慕ってくれたし、荷運びや護衛や雇われ船頭で知り合った子供も大抵すぐに懐いてくれたから(ヒナホホの弟妹みたいに)、筆頭の反応が新鮮なんだよな~。
この難攻不落な感じが、いいよな。振り向かせてやりたくなる。
「お前を愛する俺が傷つくから、自分を粗末に扱うのは止めてくれ」
可愛いそばかすにちゅっと口づけると、極端に色白な筆頭の顔が真っ赤になった。おお、初心だな。
「な、ななななんだよソレッ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞバカ野郎!」
暴れるのを力づくで羽交い絞めにして、俺は、狭い額にも口づける。
「本気だぞ。証拠が必要なら、雪の下で生き埋めになってたお前を掘り出して、介抱して、こうして抱き締めてる現状が証拠だ。愛在る行いだろ?」
「バカ! うるさい! 黙れ!」
筆頭は、体勢が悪いこともあって、俺の膝の上から逃れられないと悟ったらしい。せめて、これ以上キスをされないように、と俯いて手で顔をガードする。
だが、甘い! こういうスキンシップに慣れていないのが丸わかりで、隙だらけだ!
「俺の愛を信じるって言え。後、名前教えろ。俺のことはシンと呼べ。そうしないと、キスを止めないぞ~」
楽しくなってきた俺は、顔をガードする白い手に、無防備な耳に、音立ててキスをする。
「ふゃっ」
調子に乗って小さな耳をかぷっと噛んだら、筆頭が可愛い奇声を上げた。思わず、耳をガードする筆頭。しかし、それこそが俺の狙いだ!
ちゅっ。
無防備になった小さな唇に、キスをする。といっても、本気なのとは違って、軽い奴。
いや、俺も、村の子には、頬や額はともかく唇にしたことは無いんだが、何か、衝動がこみ上げてきてさ。なんでかわからないが、俺、今、すごく浮かれてる。
「信じるか?」
何が起こったのかわからない、という顔で惚けていた筆頭が、次の瞬間、耳まで赤くなった。
見本は、以上です。
ハートフル暗殺者ラブコメです!
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